通算1673号
公開版1338号
2008.07.31

「江沢民」


妙な夢を見た。
江沢民が大観衆を前にステージで演説している。
階段観客席で二千人は入る。
赤い席の色が館内を否応なく熱気を煽っている。

演説は高潮しスピーチ台から身を乗り出して、氏はこぶしを挙げ、それで台を叩き、時々ずれるメガネを直しては、また陶酔したように演説している。
時間としては半ばを過ぎ、観衆もステージから流れる言葉に体を揺らすように靡いている。
なかなかの器量だ。
まだまだ大中国を影で切り盛りするだけのことはある。
過去の人ではない。
権力闘争の真っ只中にいる。
この国の本当の政権は表の人事では窺い知れない。
奥の深い国だ。
と腕組みして聞いていた。
そのとき突然花束贈呈役なのだろう、小学生くらいの子が観衆の後ろ扉を開けて入ってくる。
そしてずんずんと会場の中道をステージに向かって歩く。
背の低い子だ。
おいおい、出番は今じゃないだろう。
この後の段取りで今は控えているときだろう。
どこのどいつがこんな指示を出したんだ。
小学生が勘違いしてしまったか。
とにかく止めないとまずい。
ボクはどうやらそれを会場二階辺りのモニターで見ている。
指示を出そうにもこの時誰もスタッフがいないことに気づく。
事前の打ち合わせはこうじゃなかったのに、どうなったのか。
誰かがサプライズを計画して、それを演者も納得づくなのか。
その指示を出して変更したのは誰なのだと、頭は急回転している。
それでも広い会場をまるで大きな花束に足が生えたようにその子は歩みを止めない。
きっとステージ手前に席でもあってそこに座ろうということか。
それにしても真ん中を堂々と歩くのは風情がない。
この演出は愚作だ。
江沢民がキッとした眼差しをその花束の動きに向け、沈黙した。
会場は一気にシーンとする。
その子の靴音だけがカッカッと響く。
・何も聞こえないようにそのままのリズムで進み、そしてステージへの階段を昇ろうとしている。
観衆がどよめいて立ち上がる。
ボクも思わず立ち上がっていた。
「お前は誰だ!」「お前はテロリストか!」。
氏は大声で指差し、「これはなんだ。何をしようというのだ」とうろたえる。
するとSPや随員が駆け寄り、氏を囲み、その子に対峙する姿勢を見せる。
氏は何事が大声で顔を赤らめて怒鳴り続け罵り続けている。
まだ誰も半信半疑なのだ。
ステージは一触即発になる。
しかし子どもはただ歩み寄ろうとする。
かつてベトナム戦争ではこうしてよく子どもの体に爆弾を巻きつけて自爆テロをさせていたことを思い出していた。
随員や警護の群れはステージに溢れ、何やら皆が喚き散らしている。
しかし子に近づこうとはしない。
距離が縮まり、子どもは花束を持ち替えて、笑顔を見せ、「素晴らしい演説をありがとうございました」と差し出す。
江沢民氏は警戒して手を出さない。
差し出す子と怯む大人たちでステージは異様な緊張に包まれる。
しかし覚悟を決めたか、見切ったか、使命感に忠たらんとしたか、ゆっくりと随員の一人が歩を進め、恐る恐る手を出した。
その花束を受け取ると、子は任務を終えたかのように晴れ晴れとした顔でステージを降りて海上の中道を通り扉に消えていく。
それを全員がただ見守っている。
花束は何の仕掛けもなく見事に咲き誇っている。
随員たちも一様にホッとした表情を見せる。
誰ともなく拍手が巻き起こる。
だんだん大きくなり、会場がワーンとした音に包まれる。
しかも全観衆はステージにではなくこのひょんな小学生の消え去った扉の方に向いている。
そしてステージには随員や警備が去り、再び演説始めようとする氏が悄然とその光景を声もなく見つめていた。
ボクはこの結末にかなり長く咳き込むまで哄笑していた。


                                                       byとっちゃまん