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  第67回  夏季特講・特訓

  特にここ二年間の特講はかなり濃密になっています。
しかしスタッフも父母も言うことは、よく子たちがついていける、ということ。
それだけ優秀なのだと言いたいのでしょう。
そうではない。
眠りについているのです。
いったい世の中の文学や表現が、古典より現代までなぜそこにあるかということです。
ここをこんな風に知って理解していればテストはこなせるよと、そんなことのためにあるというわけはありません。
人間や世界を自己を徹底して追求し探求した思索の記録です。
周辺表層をかじり本丸に向かわぬまま、適者生存を身上として生きていくための材料でしょうか。
テキストでしょうか。
違うよね。
人にはそういう感性や直観や純に正面からものごとを見据えていく姿勢が自ずからあるものです。
ただ褒められることを意識して訓練されてきた者であっても、あっこれは深淵だ。
これは本質かも。
一般理解は浅いかも。
そんなことは感じられるものです。
そういう領域を多く持っている子たちは、ピンと来るのです。
そしてその自己の領域と対象のテーマとを連関させるから一気に深まっていくし、思索が進展していきます。
難解ではなくむしろ基本なのです。
基本を深化したものを高度と言います。
これは基軸の形成なのですね。
一切の思考や知識の収斂。
動機付け。
活力の源泉でもあります。
それを個々が見い出していく過程が作文研にあるということです。
適当に身につけていけばいいという消費と世間並みの適者生存原理の学習の果てが、日本ガラパゴス。
それは世界で未来で通用するのかなといつも考えます。
というか結論はハッキリしていますが。
正解がないとかひとつではないといえば何でもありと短絡する。
その時のもっとも深化した答えを便宜上正解というに決まっているのに、そのための多面思索は不可避なのに。
浅い個性が権利となって闊歩しています。
まともに考えている諸君はつまらんでしょうね。
勉強が出世の道具と確信している層と、そうであってもプラスして自己の形成だと考える層が分岐します。
これは親や大人が問われています。
さてと。
昨年は表現技法。
冬は読解技法。
春は思考法。
「技」に入り込んできました。
提示できるだけしました。
今回は要諦を徹底します。
広げたものを集約していきます。
複合思索。
要点抽出。
展開言語の習得。
高次であり基本であり。
その地平を射程にします。
大好きにし、練磨し、伸長させます。
春に全講義レポートを参加者全員に毎回メール送信したら評判よかったから、今度もそうします。
今回もバリバリ・ホットに、クールに行きますよ。
一月で本四冊書き上げ。
メディアでは厳しい評論をしているとっちゃまんも、昨今おはスタやNHKで違う芸風を見せています。
特講の場はありのままのとっちゃまん。
おいで。
待ってます。
親子で学ぶのもいいな。
このメールは先行配信。
早めに申し込んでくださいね。
じゃ。
あの教室で。
 
byとっちゃまん    

宮川俊彦